箱根山の噴火の歴史 | ニュース特報館

箱根山の噴火の歴史

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箱根火山の火山活動は、箱根火山が乗っているフィリピン海プレートが 陸側のユーラシアプレートないし北アメリカプレートに衝突し、さらにその下側に太平洋プレートが潜り込むという4つのプレートが せめぎあう複雑な場所に箱根火山が存在することに関係していると考えられています。

そのため、それぞれのプレートの活動が活発な時期により、火山活動の性質に違いが出てくるようです。

古期外輪山の活動(65万年間~16万年前)
金時山、明星ヶ岳や湯河原火山などの古期外輪山と呼ばれる山々を作った活動がはじまり、最後に大量の火山灰を放出する噴火が続きました。

新期外輪山の活動(16万年前~5万年前)
浅間山や屏風山などの新期外輪山と呼ばれる山々を作った活動がはじました。
約8万年前から4万年前にかけて、箱根火山では再び大規模な噴火が繰り返されるようになりました。
中でも小原台軽石層、三浦軽石層、東京軽石層は大規模な火砕流を伴った活動でした。

特に約6万5000年前に発生したと考えられる東京軽石層の噴火は、 箱根火山の噴火の中でも最大級のものでした。
東京軽石層による噴火では、軽石の層は東京付近でも約20センチに達しました。
その後、大規模な火砕流が発生し、火砕流は西側は富士宮市周辺、 東側は相模湾を渡って三浦半島にまで達するなど、高度の高い場所を除くと箱根火山から半径約50キロの範囲を火砕流が埋め尽くしました。
406 中央火口丘の活動(5万年前~現在)
5万年前頃からは、現在の神山を中心とする中央火口丘で活動が始まり、約3万年前頃からは小塚山、台ヶ岳、二子山などの溶岩ドームの形成とドームの崩壊による火砕流の発生、駒ヶ岳や神山の溶岩の流下、山体の崩壊が繰り返され、現在の中央火口丘が形作られました。

芦ノ湖・仙石原・大涌谷をつくった約3千年前の噴火 神山の北西斜面で水蒸気爆発が起こり、これが引き金となって崩壊が起こり、大量の土砂が神山岩屑なだれとなって仙石原に流れ込みました。
その後、神山北西斜面の崩壊跡に地下からマグマが上昇し、冠ヶ岳になりました。

溶岩ドームの形成に伴って、冠ヶ岳火砕流が繰り返し北西斜面を流れ下り、 規模の大きいものは長尾峠を越えて静岡県に達しました。
このときの噴火活動の名残が現在の大涌谷で、崩れた土砂は芦ノ湖や仙石原をつくりました。

近年の活動 冠ヶ岳を形成する噴火が起こったのちは、溶岩を噴き出す噴火は起こっていませんが、
大涌谷周辺では何回かの水蒸気爆発が起こっていたことがわかってきました。

詳しい活動の記録が残っている1786年以降、箱根火山では噴火の記録はありませんが、 群発地震や噴気異常などが頻繁に起こっています。

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